フィンランド旅行記:「クマを見に、ひとりフィンランドへ出かけた春のこと」
(※2020/10/25:もともと外のブログサービスで書いていたものを、ここに移転しました。)
「クマを見に、ひとりフィンランドへ出かけた春のこと」
突然なのですが、昨年フィンランドでクマ観察ツアーに参加した時のことを書こうと思います。コロナでなかなか自由に旅ができない今。そろそろ、恋しくなりませんか。旅の空気、あのドキドキやワクワク感。でもしばらくは行けない……。ならば、イメージトリップに出かけようじゃありませんか。
これを機に、パソコンに眠っている写真も引っ張り出してくることにします。
私はこれまで何度かフィンランドを旅しているのですが、今回書くのは、2019 年 5 月の一人旅のこと。旅全体は 1 週間くらいでしたが、ここではクマを見に行った 3 日間を綴ることにします。
もしよろしければ、一緒に旅をしている気分で、つかの間、フィンランドの風を感じていただけたら幸いです。
ではさっそく、時系列に沿ってまいりましょう。
<クマ観察フィンランド旅行記2019 目次 >
1.ツアーを見つける・予約する
2.旅の全体像
3.クフモで楽しんだこと(クマ以外)
4.クマ観察へ出発
5.一年ぶりに、旅を思い出して
1.ツアーを見つける・予約する
4 月中旬ある日。以前から気になっていたクマ観察、行くなら今年なのでは? という気運がわずかに高まり、私は「Finland, Bear, Watching」(フィンランド、クマ、観察)とインターネットの検索窓に打ち込みました。カタカタカタ……。 結果、迷うほどの選択肢はなかったと思います。Wild Taigaという会社がやっている 2 泊 3 日のプランが目に留まりました。
web サイトの立派なクマ写真に早くも興奮しつつ、1つ気になることが。このツアーは、自然写真を撮るプロ、もしくはセミプロの人向けのツアーなのではないか? という疑問です。だって Wild taiga のインスタグラムには明らかにプロ仕様な写真がたくさん……。
一方、私は望遠レンズ付きのカメラも持っていないし、写真を撮りたいというより、自分の眼でクマをじっくり見たいだけです。そのようなただのモノ好きが参加して良いものなのか? 費用は、ひとり客料金や送迎等を含めると総額 700 ユーロを超える見込み。日本円で 9 万円ほどのものすごい大金です。今年こそ行くチャンスなのでは、という風のささやきは聞こえているけれども、大金ゆえまだ腰が引けています。ここは慎重に、Eメールで問い合わせることにしました。
「こんにちは。私はただクマが見たいだけの素人なのですが、そういう人でも楽しめるツアーなのでしょうか? つまり立派なカメラとかじゃなくて……肉眼でも楽しめますか?」
返信は 1 日半で返ってきて、「はい、フォトグラファーだけでなく、一般の人も楽しめますよ」とのこと。 うーむ。ならば……!と、申し込みを決めました。
正直、費用は高い〜……んですけど、もう何年も前から、フィンランドでクマを見る願望を抱いていたし、年をとればとるほどハードな旅はできなくなるだろうし、来年以降の自分が元気かどうか、旅行に行ける状況かどうかなんて分からない。そう考えて、最後は清水の舞台から飛び降りる覚悟で「えいや!」と決めました。
2.旅の全体像
さて、今回の旅の日程はこうです。
1 日目:ヘルシンキからクフモ(Kuhmo)へ移動。ホテルに泊まる。
2 日目:夕方、クマ観察小屋へ移動。小屋に泊まって夜通しクマ観察。
3 日目:朝、迎えが来てホテルに戻り終了。
■クフモ(Kuhmo)とは: クフモはフィンランドの東側、ロシアとの国境に位置する、人口1万人ほどの町です。首都ヘルシンキから見ると北東にあります。 クフモへ行くには、フィンランドの国内線で、まずヘルシンキ・ヴァンター空港からカヤーニ空港へ飛びます(約 1 時間 15 分)。そこからさらに、車で 1 時間 30 分ほど東へ走ります。今回は、何日かヘルシンキに滞在してから、クフモへ向かいました。
3.クフモで楽しんだこと(クマ以外)
カヤーニ空港へ着くと、送迎車に乗り込み(客は私ひとり)、無事にホテルに到着です。 クマ観察に出かけるのは 2 日目の夕方からなので、それまでは自由行動。周辺の湖を散策したり、フィンランドのピートサウナ(泥炭を塗るサウナ)を体験したり、マッサージを受けたりして過ごしました。 ホテルの前には大きな湖が広がっています。
日本へ来た外国人が富士山を見て「これぞジャパン〜」と思うか知りませんが、このような湖を見ると、私はこれぞフィンランド、と思わずにはいられません。森と湖の国、という表現がまさにぴったりなのです。外国人の私がいうのもおかしいのですが、フィンランドの湖畔に座っていると、妙にほっとして、心も身体もほぐれていくのを感じます。周りに人もいないので、聞こえてくるのは、湖面がわずかに波打つ音と、木のざわめき、遠くを飛ぶ鳥の声だけ——。
もうほかに何も要らない、という気持ちになるひとときです。
(でも、クマは見たい。)
■謎のフィンランド式マッサージ
マッサージをしてくれたのはなんと、おじ(い)さん。とてもはつらつとしていますが、しわくちゃのお顔から想像するに、 65歳は超えていると思われます。若造が目上の人にマッサージなど頼んですいません……という気持ちになります。
おじさんはおしゃべり好きで、自分がこの辺で唯一のマッサージ資格者であること、夏になるとクフモでは音楽祭が開かれるためその期間は観光客で賑わうこと、今の時期に来る人は珍しいこと、などを、途切れ途切れの英語で教えてくれます。マッサージだけでなく釣りの技術にもかなり自信を持っていて、「ここらの湖で大きい魚がたくさん釣れるんじゃよー」と誇らしげ。
マッサージ自体は、ちょっとクセのある指圧みたいな感じで、「フィンランド式」の定義が分かりませんでしたが、地元のおじさんの話が聞けたのでよしとします。
■ご自由なピートサウナ
これまで何度かフィンランドのサウナに入ったことがありますが、ピートサウナは未体験。ホテルのメニューにあるのを見つけて、これは試さなくては!と思いました。ガイドしてくれる人がいるのかなーと思っていたらそんなことはなく、フロントのお姉さんから泥の入った容器と小さな説明メモをぽんと渡され、「ご自由にどうぞ、エンジョーイ」ということでした。マッサージおじさんの話どおり観光客が全然いないので、サウナはもちろん貸し切り状態です。
黒いピートを塗り込みサウナに入ることで肌がつるつるになるらしい、という某美容系メディアのウェブ記事を事前に読んでいたのですが、うん、たしかに、肌がすべすべつるつるになった気がします。こんなつるすべ感は初めて。ピートサウナ、最高じゃないですか!!
が!
サウナを出てシャワーを浴びると、ピートが肌のキメ深くまで浸透してしまったのか、洗っても洗っても落ちません。これには焦りました。何度ゴシゴシしたか分かりません。最終的にはあきらめて、顔や腕全体がうっすらと黒いまま終了。調子に乗って塗りすぎたのかもしれません。
■クフモ・ビジターセンター
あと面白かったのは、ホテルから歩いて5分のところにある「ビジターセンター」という施設(Kuhmo Visitor Centre Petola)。この辺りで見られる野生動物についてのちょっとした展示があります。クマの写真はもちろんのこと、イヤホンで鳥の声を体験できたり、動物の生態について学べるようになっています。獣ごとの毛も展示されていました。
4.クマ観察へ出発
そんなこんなであっという間に時は過ぎ、2日目の夕方。いよいよ、クマ観察へ出発です。スーツケースに詰めてきたトレッキングシューズを履き、上半身はモンベルのアウター。リュックには日本から持ってきた水筒に水を入れて(フィンランドは水道水が美味しい)、同じく日本から持ってきたビスコ(お菓子)、カメラと双眼鏡を詰めました。準備万端、気合いもやる気も十分です!!
ホテルのフロントのお姉さんから「クマ、見られるといいね〜」と声援を受けつつ、クマツアーの会社の車に乗り込みました。
運転手兼ガイドのお兄さんはすらりとしたフィンランド人です。「私は日本でフィンランド語を勉強しています」と、なけなしのフィンランド語で喋ってみたところ、怒濤のフィンランド語が返ってきました。私はそれ以上返すことができないので適当に会話を切り上げます。信号のない道路をひたすらお兄さんが車をぶっ飛ばし、窓から見える景色といえば、森、森、森です。この辺りの白樺は、鉛筆のように細い。
1 時間くらい、車で走ったと思います。この辺から、辺境の地へ突き進んでいる感がすごく、ドキドキと不安が入り交じり始めます。目印となる建物などなく、人の姿もなく、方向感覚が完全に失われています。一体どこへ連れて行かれるのか。自分は、とんでもないところに来てしまったのではないか……?
■18時:クマセンター(仮)へ到着
車でウトウトしていると、ついに、合宿所のような建物に到着しました。正式名称は分かりませんが、ここでは通称「クマセンター」ということにします。 車から降りて中に入ると小さな食堂スペースがあり、壁には立派なクマの写真がずらーーっと飾られています。
これは、高まります……!
ここでまずは夕食を済ませてね、とのことでしたので、早速セルフサービス形式で夕食です。クリームソースがかかったパスタやスープなどが用意されていました。とくに美味ではありませんが、食事内容はこの際どうでもいいです。今夜は長い夜になることが予想されるので、あとでお腹が空かないようにしっかりと食べておきました。 この空間で、同じく食事をしているのは、屈強な体格をした男性グループ4人組でした。色々考えてみたのですが、どうも、クマを見に旅行しに来たグループには、見えません。一体ここは本当は何の場所なんだ?という謎が深まります。フィンランド軍の合宿所じゃないよね?
屈強な男達グループの会話に聞き耳を立てていると、テレビ局クルーの撮影がどうだったとか、そんな話が聞こえました。「○BC アース」的な番組はもしかしてこういう所で撮影されているのでしょうか? わかりません。
■19時:クマ観察の心得
夕食後は、説明会です。クマセンター内にある視聴覚室に行くよう案内されました。ここで、スライドを見ながら、先ほど運転してくれたお兄さんから英語で説明を受けます。参加者は依然として私だけです。あの屈強な男たちはやはりクマの客ではなかったようです。私の不安と期待は増す一方で、だいぶそわそわしてきました。でも、ほかに頼れる人がいないひとり旅。自分の身を守るため、一言も聞き逃さない覚悟でお兄さんの説明に耳を傾けます。 クマ観察に当たって特に注意されたのは、以下の点です。
クマは非常に敏感な生き物である
一度小屋に入ったら、翌朝まで小屋の外に出てはいけない
音を立ててはいけない
光もダメ
トイレは小屋の中の簡易トイレで済ませる
とにかくクマに人の存在を気づかれないように、小屋のなかでじっと息を潜めていることが肝要とのことです。最後に、よくあるQ&Aとして「クマが現れる時間帯はいつですか?」という質問が紹介されます。
回答:クマは何時に来るか分からないから、一晩中起きていることが望ましい
なるほど……。もしかして、とは思っていましたが、ここではっきり徹夜の覚悟をしました。
■19時30分:クマリュックを渡される
19時半。いよいよセンターを出て、森の中の観察小屋へ行く時間。お兄さんからリュックが支給されました。中には、簡単な食料が入っているとのこと。ずっしりと重みがあります。
センターの前に出ると、食堂では見かけなかった背の高い男性二人組が待機していました。彼らも今夜、クマ観察に出かけるとのこと! ここで初めて、自分以外の客に出くわしました。ガイドのお兄さんに率いられ、私と背の高い二人組とで、森の中にある小屋を目指します。
自分を棚にあげていることは承知のうえですが、小屋まで歩く間、「この背の高い男性二人組は一体なぜフィンランドまでクマなんか見に来たんだろう?」と思わずにはいられませんでした。二人は、英語でもフランス語でもドイツ語でもイタリア語でもない、聞いたことのない外国語で喋っていました。立派なカメラを持った重装備で服装も本格的、アウトドアにすごく慣れている印象を受けます。
舗装されていない森の道はところどころぬかるんでいて、トレッキングシューズを履いてきたのは正解でした。足元に注意しつつ、ズンズン進みます。
小屋に着くまでのこの15分の道のりも、まったく気は抜けません。というのも、「明日の朝になったら、自力でセンターまで戻ってきてね」とガイドのお兄さんに言われていたからです。背の高い男二人組と一緒とはいえ、明日の朝、もしかしたら一人で帰ってくることになるかもしれません。だから、絶対に道を忘れてはいけない……!!という緊迫感の中で歩いて行きました。
■19 時 45 分:ここが今夜のすべて
そしてついに、小屋に到着です。沼のほとりに小屋が 5、6 棟立っていて、うち一つに私が、その隣の小屋に背の高い二人組が入ることになりました。小屋の中に入り、ガイドのお兄さんが「それでは明日の朝会おう。幸運を祈る!」と言ってぱたんと扉を閉めたとき、私は捨てられた子猫の気持ちになりました。もう後には戻れない。途端に心細さに襲われます。
時間はまもなく夜の8時。ここから 11 時間、暗闇の中、小屋から一歩も出ず、音を立てず、ひたすらクマが現れるのを待ちます。不安だ。
■20時〜:まだ明るい森
小屋の中には二段ベッドと椅子と簡易トイレ(大きいゴミ箱のようなもの)があり、沼に面した側に観察用の細いガラス窓があります。光が漏れないように布で覆われたカメラ用の穴もあります。窓から隣の小屋を見てみると、穴からにょきっと長い望遠レンズを出ています。背の高い二人組、超本格的だし手際も良い! プロの動物写真家なのでしょうか。
かたやこちらはミラーレスデジカメとiPhone、父親から借りてきたバードウォッチング用の双眼鏡で挑みます。でも写真はどうでもいいんです。とにかくこの目で、クマが見られれば……
5 月下旬のフィンランドは白夜の入り口に立っています。なので、夜の8時でも森は白っぽく明るい。おかげで様子はよく見えます。椅子に座り、ひたすら窓の外に目をこらします。
■22時〜:鳥たちの攻防
2時間ずっと、真面目に窓の外に目をこらしつづけました。しかし、予想通りではありますが、そう簡単にクマはやって来ません。やって来るのは鳥ばかりです。鳥たちはとてもにぎやかで、いっとき、私の小屋の屋根の上で2羽がケンカを始めたときはすごくうるさかったです。「私、ここに、いるよ」と鳥に言いたくて仕方ありませんでしたが、ここで小屋の外に出るわけにはいきません。私がもし外に出て、クマに人の気配を感づかれてしまったら、大変です。ここまでの辛抱がパアになり、もうクマは来ないでしょう。そうなったら、私だけでなくて隣の小屋の二人組の夜まで台無しにしてしまいます。普通に二人に恨まれそうで怖いです。なので、くれぐれも、モノを落として音を立てたり光を漏らしたりなんてヘマをしないよう、細心の注意で過ごします。(間違ってスマホのアラームが鳴ったりしないかも何度も確認しました。)
2時間ひたすら、細い窓から森の沼を眺めているって暇じゃない?と思われるかもしれませんが、全然暇は感じませんでした。飽きもしませんでした。いつなんどき、クマが来るかもしれないので、ゆっくりトイレをする暇もありません。気が抜けません。これは戦いです。
しかし、ずっと緊張しているのも疲れます。小腹も空いてきます。そこでお兄さんから渡された重いリュックを静かにあさってみます。すると中には、サンドウィッチ、チョコレート菓子、水筒にたっぷりのお湯、粉末コーヒー、コーヒー用ミルクと砂糖、紅茶のティーバック3つ、小さいヨーグルト的なもの、が入っていました。なんと手厚いおもてなしでしょう。自分でもお菓子と水は持ってきていたのですが、この状況で温かいコーヒーが飲めるのは嬉しかったです。さすがコーヒー好きの国です(フィンランドは一人当たりの年間コーヒー消費量が世界トップレベル)。まだまだ長い戦いなので、食料は少しずついただくことにします。
■23 時:白夜の森に静寂
まだクマは現れません。が、この頃から、森の空気が少し変わり始めます。ようやく日が落ちたのか、空は薄暗いブルーに。完全な闇ではありませんが、さきほどよりはずっと、夜っぽい雰囲気に包まれ始めました。すると、せわしなく行き交っていた鳥たちもぱたっと姿を見せなくなり、沼のまわりに、急に静寂が訪れます。
■23 時 30 分頃: それは前触れなく
これはオーロラ観察より耐久戦だなあ……ふあああ……とあくびを漏らしたとき。ついに。ついに、そのときが。彼らが姿を現しました。
沼の向こうの草原の中、ムックリした毛むくじゃらのシルエットが動いています。私の小屋からは20メートルくらい離れています。双眼鏡で見ると、クマは親子連れで、子グマは複数いて、なんと、白っぽい。薄暗い中に、ポコポコと浮かぶ白い物体はまるでタンポポの綿毛のよう……。彼らはエサを探して草むらの中を歩いているような、そんな感じでした。時々立ち止まったり、親のあとを子グマがポコポコ歩いていったり……。
は〜〜〜〜〜〜っと、声にならないため息でした。
あまりにも、幻想的で。
私は今、ここにはいないことになっている。だから私が見ているのは、夜の森とクマ親子だけの、本来ならばベールに包まれた、「もうひとつの世界」なんです。
■深夜0時:まだ○時間ある
この親子はしかし、5分ほどで森の奥に姿を消してしまいました。全神経を集中して姿を見守っていたとはいえ、あっという間の出来事です。彼らが去った直後は胸がいっぱいでしばらくぼーっとしていましたが、やがて冷静になると、こう思いました。
「まだ7時間あるよ」と……。
この先クマが現れても現れなくても、朝の7時までこの小屋で過ごすのです。ここまで来て、ただ7時間、小屋のベッドで寝ているわけにはいきません。きっとまた会えると信じて、体勢をただし、再び窓の外に目をこらします。
■深夜1時以降:子グマよ……
さて、ここから朝7時までの様子を全てレポートするとゆうに 1 万文字を超えそうなので、おおざっぱに結論から言ってしまいましょう。この夜、クマは、また、来ました!
子グマを引き連れて。何度か、来ました。
大きな岩山の上に立ち、ガオーーーーっと吠えたりもしました。
子グマが下を向いて立ち止まっているとき、親グマは周囲の様子をしっかり見張っている様子で、ああやはりすごく警戒しているのだなと思いました。真剣に真剣に、祈るような気持ちで、気配を消していて良かったです……。
■翌朝 7時 15 分:旅の終わり
幸運にも複数回クマを見ることができ、緊張と興奮とで、眠くなることもないまま朝を迎えました。さすがに朝6時を過ぎると、もうクマは来ないだろうという気持ちになり、リュックの中のサンドウィッチで朝ご飯にしました。水筒のお湯で作った即席のホットコーヒーが、徹夜で冷えた体に染み渡ります。美味しい。しみじみと、美味しい。
そして、約束の時間です。7 時 15 分、ぴったりに外に出ると、隣の小屋からもすぐに、ガサゴソと背の高い二人組が出て来ました。そして、男性の一人が私に向かって、にっこりと笑い、力強く親指を立てました。私も親指を立てて、笑い返しました。
「やったね」 「うん、やったね」
「見たね」 「うん、たしかに見た」
……という会話を、私たちは無言で交わしたのでした。
長い夜の終わりです。
歩いてクマセンターへ戻り、そこからホテルまでの車の中、大爆睡したのは言うまでもありません。車に乗り込んだ瞬間に意識を失い、気づいた時にはホテルの前でした。
クマ、無事に見れましたよー、しかも親子で、子グマが、超可愛くて、白くてね……とフロントのお姉さんに報告すると、初孫を見るようなあたたかい笑顔になって、良かったね、子グマいいなあ素敵ねえ、と言ってくれました。
5.一年ぶりに、旅を思い出して
今思うと。 「よく行ったな……」のひと言につきます。「えいや!」で申し込んだときの勢い。あれは何だったのでしょう。
もし、背の高い二人組がいなくて、森の小屋にまじで一人だけ残されていたら、きっともっと心細かったでしょうし、途中で半泣きになっていたかもしれません。
そもそも、なぜ自分は、わざわざフィンランドまで行ってクマ観察がしたかったのだろうかと、首をひねりそうになります。
けれど恐らく……。人のいないところでクマはどんな風に過ごしているのか、その世界を垣間見たかったんだと思います。森の奥に隠された、彼らだけの時間を覗いてみたかった。
クフモでの滞在3日間は、クマ以外にも、優しいフィンランドの人たちのおかげで、とても素敵なものでした。 早くクマの話に行くために前半では省略しましたが、このとき初めて利用したカヤーニ空港、これがまた、ブルーに統一された美しい空港だったのです。最後にその写真で締めたいと思います。
「クマ観察 in フィンランド」は、決して万人受けはしないツアーです。でもそんな企画をやっているフィンランドよ、ありがとうって思うし、モノ好きな一人客を快く受け入れてくれてありがとうだし、水筒いっぱいの温かいコーヒーも、ありがとう。
フィンランドって、根底に信頼があるから、私ひとりでもこんな旅ができたのかなあ、と思います。私は決して、サバイバル力のある人間ではないし、バックパッカーとかもしたことない。未知の世界に好奇心をそそられながらも、一定の安心・安全が欲しいと思ってしまう矛盾した小心者です。
でもフィンランドなら、相手はきっと約束を守ってくれるし、時間も守ってくれるという信頼がある——。その信頼社会の恩恵の上で、私は気ままに飛び回り、一人旅をさせてもらっていたんだと、今これを書きながら気づきました。
これを読んで、もし、いつかコロナが落ち着いた暁にはクマツアーに行ってみようという人がいたら。どうかお気をつけて。フィンランドの人たちは約束を守る人たちだけれど、クマを見られるかどうかだけは、運次第だそう。 幸運を祈ります!
テキスト・写真:柳澤はるか
*ヘッダー写真:Joakim Honkasalo on Unsplash